修理の理念と工程
絵画(掛軸装)の修理
修理前後写真
絹本着色 徳川家康像 1幅
滋賀県立安土城考古博物館 所蔵
修理工程
01修理前の調査・記録撮影
損傷状況・構造等を記録・撮影する。
02解体
掛軸から本紙部分を取り外す。
04乾式クリーニング
乾いた状態で、刷毛やピンセット等で付着物を取り除く。
07剥落止め
クリーニング後に再度剥落止めを施し絵具を確実に定着させる。
08本紙表面の養生
旧肌裏紙除去工程の準備として、脆弱な本紙料絹と絵具層を保護するため、画面にレーヨン紙をフノリで貼り付けて固定する。
09肌裏紙の除去(乾式肌上げ法)
経年で劣化した旧肌裏紙を除去するため、必要最小限の水分で部分的な加湿を施し、ピンセットで紙の繊維を少しずつほぐしながら剥がしていく。
- 修理のポイント
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肌裏紙(本紙に一番近い裏打紙)は脆弱な本紙の裏に糊で密着しているため、簡単には剥がれません。特に、絹に描かれた絵の場合は絹の裏側からも彩色されていることがあり、無理に肌裏紙を剥がすと裏側の絵具が取れてしまいます。そこで、「乾式肌上げ法」という技術を用います。「乾式肌上げ法」は、あらかじめ本紙表面にフノリ水溶液で養生紙を貼り付け固定し、一旦乾かして安定させた後、透明アクリル台に本紙を裏向きに貼り込みます。次に、本紙裏のごく小さなスペース(3㎝角程)に、濾過水で薄めたフノリを筆で塗って湿らせ、裏の絵具が剥がれないようにピンセットで紙を繊維状にほぐしながら慎重に除去していきます。非常に根気と時間がかかる作業ですが、本紙の安全を第一として考えられた方法です。旧肌裏紙を除去し、新たな肌裏紙に取り換えることは、全修理行程の中で最も重要であり、この処置をしてこそはじめて本紙が十分に強化されるのです。
10補絹
本紙が欠失している箇所に補修絹を補填する。
- 修理のポイント
11裏打紙の染色
本紙を最適に見せるために、新たな裏打紙を染色する。
12肌裏打ち
美濃紙と小麦澱粉糊を用いて、絵が描かれている絹の裏に直接肌裏紙を打つ。
13増裏打ち
肌裏紙の上から表具の厚みを揃えるために、美栖紙と古糊を用いて増裏打ちを行う。
- 修理のポイント
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増裏打ち・中裏打ち・総裏打ち(古糊について)
掛軸の修理に使う糊は、「新糊」と「古糊」の二種類があります。どちらも工房で原材料から炊いて製造しています。
「新糊」は、必要な時にその都度作り、常に新しいものを使用しています。接着力が強く、本紙にしっかり接着させたい肌裏打ちや表装裂の接合などに使用します。しかし、「新糊」は接着力が強い反面、乾くと固くなるため、全ての裏打ちを新糊で行ってしまうと、全体的に固い表具となり、巻き解きにより折れてしまう可能性があります。
そこで、肌裏打ち以降の増裏打ち・中裏打ち・総裏打ちには「古糊」を使用します。「古糊」は、新糊を10年間冷暗室で熟成させ、微生物(カビやバクテリアなど)によって低分子化された糊です。接着力が弱いため、填料入りの紙を使用し、打ち刷毛で叩いて接着させる必要がありますが、柔らかく、スムーズに巻き解きができる表具に仕上げることができます。
14表装裂の補修
伝承した表装形態を尊重し、元の裂を補修して再使用する。
※表装の形態や損傷程度によっては、新調する場合もあります。
16付け廻し
本紙のまわりに表装裂を付け廻し、表具の形に整える。
17中裏打ち
美栖紙と古糊を用いて、表具全体に中裏打ちを行う。
18総裏打ち
宇陀紙と古糊を用いて、表具全体に総裏打ちを行う。
19補彩
新しく線を描き足したりせず、画面の背景色をベースとした基調色を用いて補修絹をなじませる。
20乾燥
仮貼り板に表具を貼り込み、表裏を十分に乾燥させる。
修理前
修理後
剥落止め
剥落止め
修理前
修理後
肌裏紙除去
湿式クリーニング
湿式クリーニング
増裏打ち
中裏打ち
折れ伏せ
折れ伏せ
修理前
修理後
修理前
修理後
仕立て
仕立て
表本紙表面の養生
肌裏紙除去
補絹
補絹
太巻添軸と印籠箱
古糊